異性が苦手な私 – 私は同性愛者?それともアセクシャル?

異性が苦手な私-–-私は同性愛者それともアセクシャル 悩みや疑問

恐らく世の中の大半の人間が日常生活において、他者と関わり合い、人間関係の摩擦を経験しているのではないでしょうか。

  • 中学校でなんか気にくわなくて友人と喧嘩してしまい、しばらくの間、気まずくなった
  • 大学への進路で親と言い争いになり、一時、口を利かなくなってしまった
  • 大学のサークルでどうも自分だけ浮いていて、食事などに誘ってくれない
  • 会社で同僚と話した愚痴を本人に聞かれてしまって疎遠になった
筆者
筆者

・・・全部筆者のことではありませんよ。該当するのは中学の最初のものだけですよ。

学生さんであっても、社会人であっても、夫婦間・家族間であっても、

多かれ少なかれ、摩擦の程度はそれぞれでも、おおよその方が人間関係の摩擦を経験しているはずです。

誰かを苦手に思ったり、嫌いになってしまったり、二度と関わりあいなんて持つものかと思ったり。

逆に摩擦を経験していない方がいるのなら、聖人かのんびり情報を処理される方かと思います。

筆者
筆者

そんなこんなで今回、気にしてみたいキーワードとして「異性が苦手」を挙げてみます。

僕は異性である女性が苦手。なぜなら昔、女子からからかわれた事があるから。嫌な思いをしたから。

私は異性である男性が苦手。なぜなら異性である男性に、夜道で追いかけられて怖い思いをしたから。

苦手と思う原因・理由・程度は当たり前ですが人により、現在進行形で苦手なのか、過去のものになったのかも各々の経験によります。

筆者
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そして追加でキーワードとして挙げたいのが「同性愛」「アセクシャル」です。

  • 同性愛と書いていますが、こちらの記事では「異性が苦手」な私は「好きになる相手」が「同性」なのか?それとも「アセクシャル」なのか?どちらなのだろう?について、言及していきます。
  • 意図するものは、性的指向としての同性愛ではなく、恋愛的指向の同性愛(=ホモロマンティック)を指しています。
  • アセクシャルと書いていますが、本来は「アロマンック」と記載すべきなのでしょう。
誰も好きになった事がない悩み、一緒に考えます 本当に好きな人に出会っていないだけ、とは思えない方へ

異性が苦手・同性愛・アセクシャル

「異性が苦手」・「同性愛」・「アセクシャル」

しかし、アセクシャルの当事者である筆者が3つのキーワードを(少し意地悪かもしれない細かい視点で)見たら、

アセクシャルだけが別のジャンル、もしくは異性が苦手と同性愛の2つが別のジャンルに見えます。

  • 異性が苦手と同性愛は「恋愛をするであろう立場」の人を指している。
  • アセクシャル(=アロマンティック・アセクシャル)は「恋愛をしない/恋愛感情を抱かない」の人を指している。
筆者
筆者

こんな感じに見えるのですが、異性が苦手でアセクシャルの方も勿論いるはずです。

「異性が苦手」・「同性愛」・「アセクシャル」、一瞥すると関連性があるように見えがちですが、恋愛する側と恋愛をしない側、2つの異なる立場を同列に見ているようで、筆者には若干の違和感があります。

じゃあ、なんでこんな記事タイトル「異性が苦手な私 – 私は同性愛者?それともアセクシャル?」を付けたのかと言うと、表現は少し違いますが、筆者がたまたま見かけたものだからです。

恋愛する立場と恋愛しない立場が混同しているのも、また、異性が苦手なら「それは同性愛なのか?」それとも「アセクシャルなのか?」と、アセクシャルとはどのようなセクシャリティーか把握できていないのでは?と感じるのも、悩んでいる最中だったからだと察します。

筆者
筆者

そんなこんなで、今回筆者なりに考えてみたいのは、下の疑問への回答。

「異性が苦手」な私は「同性愛者」なのか?それとも「アセクシャル」なのか?

ちなみに「アロマンック・アセクシャル」と言うのか、「アセクシャル」と言うのか、この言葉については、こちらをご覧ください。

この記事も例にもれず「アセクシャル=アロマンティック・アセクシャル」という認識で書いています。

筆者は異性が苦手なのか?

昔、苦手な時期はあったけど・・・
筆者
筆者

ではまず「異性が苦手」について、自身の事を思い返しながら考えてみます。

アロマンティック・アセクシャルである筆者は「異性が苦手なのか?」率直に申し上げると・・・

筆者
筆者

中学生の頃に感じた男子への嫌悪感(あえて苦手とは言いません)が、人生でピークの「異性が苦手」に該当します。

お読みいただけたらお分かりいただけると思います。

本当にお上品な言葉を使うように心がけていますが、本当に嫌悪感は凄まじいものでした

じゃあその後はどうなの?高校生から今までは?

筆者
筆者

正直、嫌悪感はどこかへ消えた。

高校進学と同時に嫌悪感からは綺麗に解放されましたので、自分でも驚くくらい、嫌悪感は消え去りました

その後の筆者の人生においても、婚活で出会った男性や社会人になって出会った男性、良くも悪くも色々いましたが、到底中学の頃の異性への嫌悪感には及ばずの状態。

職場にも男性はいますし、友人にも男性はいますが、異性である男性が苦手だな~と感じたことはありません。

筆者
筆者

アロマンティック・アセクシャルである筆者は異性が苦手ではありません。

異性は苦手じゃないけどアセクシャル

アセクシャルの筆者が「異性が苦手」とは思っていない/感じていないとなると・・・

「異性が苦手」な私は「同性愛者」なのか?それとも「アセクシャル」なのか?という疑問について考えていくはずでしたが、辻褄が合わないように見えてきました。

「異性が苦手」な自分は「同性愛者」なのか?それとも「アセクシャル」なのか?

【元々の疑問】
「異性が苦手」なら、私は「同性愛者」か「アセクシャル」の可能性がある?と悩んでいる。

【筆者の場合】
「異性は苦手ではない」けど「アセクシャル」

これは前にも書きましたが「同性愛」と「アセクシャル」を同じ前提で考えているのが原因です。

ちょっと、それぞれの言葉を整理したいと思います。

同性愛とアセクシャル

恋愛的指向・性的指向

早速ですが、「同性愛」「アセクシャル」について簡単に書いてみます。

同性愛とは?

「同性」に対して「恋愛感情」が向く「恋愛的指向」を意味します。
※ホモロマンティック(Homoromantic)と言いますね。

アセクシャルとは?

「他者」に対して「性的に惹かれない」「性的指向」を意味します。

アロマンティックとは?

「他者」に対して「恋愛感情を抱かない」「恋愛的指向」を指します。

もう少し違いをかみ砕いて言うのならこんな感じです。

筆者
筆者

「同性愛」は同性を「好きになる」人たち

筆者
筆者

「アセクシャル(=アロマンティック・アセクシャル)」はそもそも誰も「好きにならない」人たち

恋愛感情を抱く人と恋愛感情を抱かない人で、明確に分かれており立場は全く異なるものです。

区別をお話したところで、「異性が苦手」な私は「同性愛者」なのか?それとも「アセクシャル」なのか?についてもう少し考えて参りましょう。

同性といた方が安心するから「同性愛者」?「アセクシャル」?

安心 × 同性愛 × アセクシャル

同性といた方が安心するから「同性愛者」?「アセクシャル」?

「異性が苦手」という意味合いを「同性と一緒にいた方が安心感がある」と読み解くのなら・・・

筆者
筆者

同性といた方が基本的に気は楽ではないですかね?

と、ついつい筆者は思ってしまいますが、このような事をおっしゃる方は、恐らく筆者が言う気が楽であると言うよりは、

他の安心感、気が安らぐ・ほっとできるなど「自身が同性が好き、恋愛感情を抱く人間なのでは?」と感じるような、気持ちがあるのでしょう。

うーん、しかしながら「同性愛」と「アセクシャル」の違いを分かっている方々からすれは、「???」が頭の周りをくるくる周回しているでしょう。

私は「異性が苦手」同性といる方が安心する。

同性といる方が安心できる私は「同性愛者」?それとも「アセクシャル」?

筆者
筆者

これは意味をはき違えていますね。

意味をはき違えていると言える理由として、まず言える事は・・・

  • 異性が苦手は「同性へ恋愛感情を抱く」もしくは「恋愛感情を抱かない」ことには必ずしも繋がりません。
  • 異性が苦手=同性愛とはならないんだよ、と言う事の方が恥ずかぴぃ。
  • 同性と一緒にいる方が安心だとしても、「恋愛感情を抱く相手」が「異性」なら「同性愛者ではありません」。
  • 「恋愛感情を抱く相手」が「同性」なら「同性愛者です」。
  • 異性が苦手でも(苦手ではなくても)「恋愛感情を抱かない」なら「アセクシャル」でしょう。

同性と一緒にいる方が安心する、という事柄は「同性愛者」か「アセクシャル」かの判断基準にはなりません。

告白されても断るから「同性愛者」?「アセクシャル」?

告白 × 同性愛 × アセクシャル

色んな人間関係があって、その中にもあまり歓迎できない摩擦がある。

そこから異性そのものが苦手に発展し、大人になっても異性が苦手と感じる人は少なくないと思います。

異性が苦手で同性と一緒にいる方が安心すると思う方、いらっしゃるでしょう。

しかし、その方々全てが「同性愛者」か「アセクシャル」なのかと言いましたら、前述の通り違います。

筆者
筆者

ではもし、異性が苦手で「告白されても断るから」私は同性愛者かアセクシャルなのかと考える方がいたとしたら。

ちなみにアロマンティック・アセクシャルである筆者、告白された!困ったどうしよう!?冷や汗が止まらない!なんて経験がございます。

筆者
筆者

じゃあ、告白されて困って断ったら、アセクシャルなのね!ではないのです。

うーん、これまた似たような回答にはなるのですが・・・

「恋愛感情を抱ける方」が好きではない方から告白されてもそりゃ困るでしょうし、「恋愛感情を抱けない筆者のような方」も告白されたら困るでしょう

告白されて困ることが、「同性愛」や「アセクシャル」であることの原因・理由とは言えない事がわかります。

私は「異性が苦手」告白されても困ってしまう

「告白されても困る」私は「同性愛者」?それとも「アセクシャル」?

もうおわかりでしょうが、違うんじゃないのと言える事は・・・

  • 好きでもない人から告白されるのは皆が困惑することです。また、お断りするでしょう。同性愛者の方も異性愛者の方も差はない事です。
  • 告白されて断っているあたなに「恋愛感情が存在」して、その感情が「異性」に向くのなら「異性愛者」。「同性」に向くのなら「同性愛者」になります。

とまずは書いてみますが、告白されても断るから「アセクシャル」?、については、筆者にも当てはまる事です。

筆者
筆者

告白を断る原因が恋愛感情がない、だったら?

  • 告白してくれた方へ恋愛感情がなくてお断りしても、他に恋愛感情を抱く相手がいたり経験があるのであれば、アセクシャル(=アロマンティック・アセクシャル)ではありません。
  • しかし、そもそも「恋愛感情を他者へ抱かない」のなら、あたなは「アセクシャル(=アロマンティック・アセクシャル)」の可能性があります。

まとめ

異性は苦手で、同性といる方が安心する。。。

異性は苦手で、告白されても断る。。。

異性が苦手だから、私は同性愛?アセクシャル?

とお悩みの皆さま。

同性へ恋愛感情を抱くという恋愛的指向とアセクシャルという性的指向の一つを混同されているようです。

更に正確に言うのであれば、 同性へ恋愛感情を抱く「同性愛」という恋愛的指向とそもそも他者へ恋愛感情を抱かない「アロマンティック」という恋愛的指向を混同している、とも言えるでしょう。

そして、恋愛的指向と性的指向を決定する理由に「同性という方が安心」や「異性が苦手」、「告白されても断る」は基本的に勘定されません

恋愛感情を抱く/抱かない、性的に惹かれる/惹かれない、感情が向く相手が同性/異性、そもそも感情が存在しない等という要素がご自身の指向を見定める要素になります

これまでの経験や人間関係の摩擦から「異性が苦手」と感じていても、

それが「異性に対して恋愛感情を抱かない代わりに、同性に対して抱く」ことには、必ずしも繋がらないでしょう。

誰も好きになった事がない悩み、一緒に考えます 本当に好きな人に出会っていないだけ、とは思えない方へ
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