少し変わったお子さま – アロマンティック・アセクシャルの幼稚園時代

少し変わったお子さま - アロマンティック・アセクシャルの幼稚園時代 幼稚園~少学3年 (自覚なし)

こちらの記事はカテゴリー体験談一覧、最初の記事。

こちらのカテゴリーでは、悩みや考えなどを書いていくのではなく、筆者の人生について書いて参ります。

筆者
筆者

筆者がどのような過程や悩み、疑問を経てアロマンティック・アセクシャルと自認したか記します。

筆者
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お悩み解決のような記事ではありませんが、ご覧いただいている方のご体験と照らし合わせて頂けたらと思います。

ちなみに、筆者3ピー年生きておりますので、カテゴリーを少々細分化させたいと思います。

この記事のカテゴリーは「体験談一覧」「幼稚園~少学3年 (自覚なし)」となりまして、幼少期の筆者について、大人の筆者が考察しております。

筆者
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そして、この記事は筆者の幼稚園時代のお話。どんな子供であったか考えてまいります。

筆者が生れた頃の世の中

筆者はなんとなくですが、生まれたその時からアロマンティック・アセクシャルの要素を大いに持って生まれたと感じております。

自認してアロマンティック・アセクシャルを受け入れている状態であるからこそ、言える事ではありますが、

幼少期の頃も含めた過去の自身の感情や行動や感覚や考え方が全て「アロマンティック・アセクシャルだったから」で綺麗に説明がつけられたような気がします

お話した通り、今だからこそ過去を顧みた結果言える事で、筆者が幼少期の頃は当たり前ですがアセクシャルやアロマンックという単語は知りません。

筆者
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当時、LGBTって言葉あったのかな?ないんだろうな~

しっかり調べたわけではありませんが、筆者の幼少期はほぼ間違いなく、言葉として存在していたとしても、世の中のほとんどの人は知らない・認知されていない状態かと思います。

恐らく、同性愛などという言葉やその方々の存在を世の中の人は知っていたくらい、と思っています。

しかし、話題として口に出すようなことは避けるべき事として捉えられていたと察します。口に出すものではない、出してはいけないと。

当事者の方々も今とは比べ物にならないくらい、辛い気持ちで生活されていたのでしょう。

筆者
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多様性なんてなかった・・・

アセクシャルは勿論のこと、バイセクシャル・トランスジェンダーという言葉も知らない人が圧倒的に多い時代、多様性の「た」の字もない世の中で、

将来アロマンティック・アセクシャルと自認する園児の筆者はどのように生活していたのでしょうか。


ではドンドコ、思い返してみたいと思います。

誰も好きになった事がない悩み、一緒に考えます 本当に好きな人に出会っていないだけ、とは思えない方へ

幼稚園の頃の筆者

自身をアロマンティック・アセクシャルと自認するまでの、長い旅路のスタートラインみたいなものですね。

カテゴリー体験談一覧では、名前の通りアロマンティック・アセクシャルと出会うまでの体験記みたいな扱いですが、

いくら自分が将来のアロマンティック・アセクシャルで、生まれた時からアロマンティック・アセクシャルだったような気がすると言っていても、流石に子供の頃は、

筆者
筆者

アタイ、人を好きになった事がない!?なんで?どういう事?・・・なんて思った事はありません。ないはずです。

まぁ、深く思い返してみた上で、大人になったアロマンティック・アセクシャル自認後の筆者があえて言うのであれば、

「幾許の違和感があったような気がするが、疑問として認識するには到底たどり着けていない。」といった感じでしょうか。

では、違和感なるものを語る前に、筆者がどのような幼稚園児だったか簡単にご説明いたします。

少し?とても?変わったお子様

大人になって思う、私は変わったお子様だった

幼稚園から小学校くらいまでの筆者ですが、30過ぎた大人になった筆者が顧みても、少しで済むかなと疑問に思うくらい、筆者は変わったお子様だったような気がしてなりません

筆者が幼稚園の頃はLGBT関連同様、こどもの発達関連の話題もあまり認知されておらず、

「少し変わった子、成長すれば落ち着くだろう。そのはずだ・・・」のように当時は認識されていたと思います。

これはアセクシャルの話と因果関係があるかわからないので、書こうかどうか迷うところなのですが、

筆者というアロマンティック・アセクシャルの人間ができあがる過程の話なので、参考程度に書きたいと思います。

筆者
筆者

う~ん、どうまろやかに言うか難しいですが、筆者、あからさまではないものの、グレーンな位置に立っていたかと思います。

※筆者が勝手に思っているだけで、診断を受けた訳でも、筆者が診断できるような資格を持っている訳ではありません。

資格を持ってはいないのですが、大人の筆者の目から見ると、どうも少期の筆者の行動や考え方は若干極端というか、周囲の子供とずれているというか・・・

思い出してみて、また家族から幼少期の話を聞いてみたことを思い返して、もしかして、そうだったのかな~と思っています。

(まぁ、今もそれを少し感じる時はありますが、大人の筆者は大分世間一般の考え方に寄せられるようになったと思います)

変わってる?① 子供でも読む空気が読めない

子供ゆえ、空気が読めずに場にそぐわない発言や態度をしてしまうのは仕方ない事だと思います。

言ってはいけない事を言ってしまうといった、自分の発言・態度が引き起こす事態を想像できないのは、

未熟さや経験の無さ、もしくは自身が傷ついたことがない等、子供ゆえの原因かなと。

筆者
筆者

しかし筆者の場合、少し違うような気がするのです。

幼稚園児の筆者が未熟ではないと言っているわけではありませんよ(念のため)。

では、何が違うのかと言うとですが。。。

  • どちらかと言わず、しっかり話は聞いているのです。聞いていなかったから変な事を言ったとは違うのです。
  • しっかり話を聞いたうえで、しっかりとそれに対する正解と思われる回答を考えたうえで発言しているのです。
  • 自分の発言で周囲がどんな感じになるか、傷つかないか等、結構考えたうえで言葉を発しているつもりなのです。

こんな感じで、筆者自身は空気をしっかり読んだつもりで発言しているのですが、「あれ?なんかおかしいぞ?」となる事が複数回

なんか周りがシーン・・・となるみたいな

具体的な例を思い出せないのですが、変な感じになって気まずくなって嫌だった、恥ずかしかったという記憶が残っています。

おまけに、これが他の園児は空気が読めているのに、筆者だけが空気が読めていなかったと思い出されるのです。

筆者
筆者

この感覚が嫌で嫌で一生懸命軌道修正した結果、大人の筆者は変な空気を「なるべく」作らないようになれました。(なれたはず。)

変わってる?② 集中すると周りが見えなくなる

これは一つ具体例を覚えています。

恥ずかしくて、でもなんで先生も周りの子たちも教えてくれなかったのかと怒りも覚えたので、今でも覚えています

(こんな感じで具体例を覚えていて考察できると、余計そちらだったのかしら?と気付かされます。)

少し話は編集しますが、こんな話です。

  1. 幼稚園でアタイが折り紙してる。
  2. Woohoo!!めっちゃ楽し~どんどん作ろう!!
  3. 作るぞ~作っているぞ~楽し~な~
  4. ・・・?(なにか違和感)周囲を見るアタイ。
  5. !!!なんで皆こっち見てるの?え?てか、なんで皆さん机なおしてますの?てか、アタイだけ机の向きおかしいや~ん!!アタイだけ気づいてなかったのー!?
  6. 下を向きながら無言でお片付けをする筆者。先生はその後、何もなかったように進めていった気がします。
筆者
筆者

いやーーー!!思い出すたびに、悲しくなるー辛いー恥ずかしいー

集中すると、没頭しすぎて人の声やら指示やら何も聞こえなくなるようでした。

多分、先生も周囲の学友も声はかけてくれたのでしょうが、筆者が無視するかたちになっていなと察します。

周囲と比べて、好きなことをしている時の集中・没頭・没入が、少し極端だったかと思っています。

変わってる?③ 仲の良い子への執着が恐ろしい

前述した通り、筆者は変わったお子様を謳歌しておりましたが、これが一番長く引き摺った性質かと認識しています。

筆者
筆者

大人になった自分が思い返してみて引くくらい、なんでやさと未だに思います。

筆者
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何かと言いますと、仲が良い子への執着が凄まじかった

幼いながらも、なんでこんな風に思ってしまうのだろう、こう思ってしまうのは辛い事だ、と認識していた記憶があります。

しかし、恐ろしいほどの執着の塊でした。執着具合はこんな感じです。

独占欲?何欲?のかたまり
  • 自分と一番仲良くしてくれないと嫌
  • 他の子と仲良くしているのを見るのは嫌
  • 自分がその子の一番ではないと嫌

自分がないがしろにされていると感じて嫌なのか、二番手以降は嫌だったのか、自身のことながら原因や理由が未だにわかりませんが「私が一番仲が良いはずなのに、なぜ私を最優先しないのか?」という苛立ちをよく覚えていました。

でも、これは自分が変だよな~なんて先に書いた通り、幼いながらに一応わかっているのですが、嫉妬?独占欲?究極のかまってちゃん?この変な執着は小学校入学後もうしばらく続いていました。

恋愛や性自認の悩みはあったのか?

自覚なし・まだ悩みなし

良くも悪くも、周りがあまり見えていない、空気があまり読めない子で、極端なお子様だった筆者ですが、、、

筆者
筆者

流石に「私、人を好きになったことがない。。。」なんて、悩んではおりませんでした。

これは、まぁ年齢や経験値のなさのせいでございますね。

逆に、この時分から「他者に対して恋愛感情を抱いたことがない、どういうことだろう?」と悩んでいたら少し驚きです。

幼稚園生の恋愛事情?

おませな子は幼稚園の頃ともなると、〇〇君が好き~○○君が彼氏~とか言う子もいるのではないでしょうか。

早速、結婚相手を決めている子も時々見かけることもありますね。

本当に好きかどうか理解している?はさておき(この頃の好き云々に好きってわかってる?と疑問を投げかけるのも大人気ないですね)、筆者ですが、幼稚園の頃の自身をできる限り思い返してみると、

筆者
筆者

マイメンは○○君や○○ちゃん、〇〇ちゃん。以上!!

○○君が好き~とかはなかったと思っています。記憶がありません。

ちなみに幼稚園生と言っても「好きになる子は異性である男の子であろう」という異性愛に対して、疑問は持っていませんでした。

同性である女の子に対して向ける「好き」は「仲がよい友達としての好き」、つまり「友愛」だったかと思います。

そして、幼稚園の先生は全員女性(時代的にも男性は大変珍しかったかも)だったと思うので、年上の男性に対して、子供ながら淡い恋心を抱くこともありませんでした。

「〇〇君が好き~好きかも~」という恋愛事よりは、おままごとやりたい!アタイ主役な!!絵を描きたい!邪魔しないでね!!しか頭にはなかったと思います。(おぉ、ごーいんぐまいうぇい真っ盛り)

その手の話題よりは、自分のやりたいこと・好きな事を邪魔されずに好きなだけしたい、という感情が大いに勝っていたと思います。

子供だからまだわからないだけだよ、と言ったら、勿論そうですね。

筆者みたいに、自分のやりたい事を中心に興味や関心が向く子は他にもまだまだいると思います。

アロマンティック・アセクシャル自認後に、改めて自身を振り返ったら、こんな感じの子供だったというくらいの話です。

筆者
筆者

もともとアロマンティック・アセクシャルの気が強くあったとは思っていますが、幼少期の自身の言動をセクシャリティーとこじつけるつもりはありません。

そうです、最初の方に「幾許の違和感があった」と書きました。

今の筆者が昔を顧みた結果、その当時の筆者がうっすら持っていた周囲との心・感覚のズレを「なんと名前をつけたらよいかわからないが、違和感と表現した」という意味合いが適切かもしれません。

幾許の違和感=周囲との心・感覚のズレ

  • なんか好きにな子いるって言っている子がいるけど、それが普通?私は違うけど。
  • それより楽しい事、絵をかいたり、おままごとした方がどう考えたって楽しくない?

言葉にするのは少し難しく、また幼稚園の頃の筆者がこのように言葉にできたのか?と言えば、できなかったのだろうと思います。

ただ、現在の筆者が幼稚園の頃の「幾許の違和感=周囲との心・感覚のズレ」を言語化したなら、こんな感じになるのかと思いました。

性自認=私は女の子です

ちなみにですが、こんな感じの悩みもまたありませんでした。

この事柄については、好きになった事がないなど悩み事があったとしても、今までの人生の中では悩んだことがありません

これ関連の悩みもありませんでした

可愛い系が好きなお子様で普通に女の子をしていました。ボク自分のことを男の子だと思うけど、なんで制服がスカートなんだろう。。。この方向性での悩みもありません。

筆者
筆者

体も心も女の子であることに、幼少期の筆者は違和感を覚えたことはありません。

まとめ

悩みなく流れた時間

幼稚園の頃は前述した通り、自分のやりたい事をしたい分するだけで、仲の良い友人が自分の方を向かないをイライラするお子様でした。

筆者が極端なところも大いにありますが、やりたい事をして中の良い友達を独占したくなるのは、小さい子の行動としては、筆者だけの行動ではないと思います。

多少なりと周りの子と感覚・行動が異なっていたかもしれませんが、

「私、人を好きになったことがない。。。え?なんで、おかしくない?困った、どうしよう?」とは悩んだことはありません。ないはずです。

筆者
筆者

別段大きな悩みなく、幼稚園児を謳歌していました。

大人になった自身があえて顧みるのなら、「好きな子がいる~」とか「気になる子がいる~」という話題に一切の興味を持たず、それより絵を描いていた方が楽しくね?という考え方だったかなと。

と言いながら、このような考え方については、幾許の違和感=周囲との心・感覚のズレがあったかな?と、大人の筆者が思った事です。

幼稚園時代の筆者は、変わっているところは大いにありましたが、まだまだ子供。

悩みもへったくれも、まだまだない、もしくは何も知らずに過ごしておりました。

筆者
筆者

続きの記事では、小学生の頃の筆者について書き綴って参りたいと思います。

誰も好きになった事がない悩み、一緒に考えます 本当に好きな人に出会っていないだけ、とは思えない方へ
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